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第5日目〜2001年6月13日


ラスベガからロスへ




ホテルでインターネット

ホテル、マンダレイ・ベイでの一夜が明けた。チェックアウトは11時ということだったので、日本から持ち込んだノートパソコンをインターネットに接続し、メールや自分のホームページのBBSの点検などに費やした。さすが、ラスベガス!。主要ホテルでは、客が持ち込んだパソコンですぐにインターネットができるよう、客室用の電話機の側面にジャックが用意されているのだ。私は渡米の前にAOLに加入してきたので、パソコンの各種の設定をなに一つ触ることなく、モジュラー線をジャックに差し込むだけで自動的に極近の接続地点がわかり、いとも簡単にネットにつなぐことが出来て感動した。

 チェックアウトはテレビで
しかし、アメリカのハイテクの驚きはそればかりではなかった。チェックアウトの時間になって、娘夫婦が私たちを部屋に迎えに来たとき、「もう清算は済ませたからね」という。あれ!どのようにして?と訝っていると、テレビ画面で済ませたというのだ。つまり、テレビリモコンのチェックアウトボタンを押して部屋ナンバーを入力すると、画面に明細が示される。それを点検してOKボタンを押すだけ。代金は予約の折に告げたカードから引き落とされるという。なるほど。それは、そうだろう。3,000室、5,000室という部屋を持つラスベガスのホテルでは、チェックアウト時にいっせいに客がフロントに押し寄せたら、対応に時間がかかってたまったものではない。そういえば、この大ホテルにしてはフロントがやけに小さかったことを思いだし、納得。

「じゃあ、部屋のキーはどこに返すの?」となるが、キーはカード式で、客が持ち帰ってもいいようになっている。しかし、それを使っての犯罪が危惧されるが、一度チェックアウトすると二度と使えないような仕組みがどこかに施されていているのだろう。心配を下手に口にすると、「あなたに心配してもらう必要はない!そんなことは解決ずみだ!」と言われそうだ。

 ベガスの日本食レストラン
マンダレイ・ベイを出るとき、「せっかくラスベガスまで来て、カジノに触れもしないで帰るのは惜しい」と、トラベルスーツケースを持ったままススロットマシンの前に座った私を、「昼食を済ませてから、別のホテルでできる時間をとるから」と娘に促され、車で日本食の店探しをして、「大阪」という看板の店に入った。ラスベガスには、かなりたくさんの日本食のレストランがあるようで、帰国してからネットで調べたら、日本、京都、東京、札幌、戸越など、地名のつくところが多かった。そのうちの「大阪」を選んだのは、以前娘が来たことがあってお勧めだったらしい。外から中の様子を伺うことができないようなつくりになっているのは、どういうわけか知らないが、ドアを一歩入ると全くアメリカにいるとは思えない。まさに「にっぽん」そのものだった。ここで幕の内を注文。日本円にして1,800円ぐらいだったように思うが、味がどうだったかは、しっかり忘れた。文句が出たという覚えがないので、それなりだったのだろう。

ベガスでパリの街並みを闊歩

昼食後は、パリスホテル(PARIS HOTEL)に出向いた。このホテルのテーマは、エッフェル塔と凱旋門というホテル名そのもの。娘は旅のホテル選びの当初、マンダレイ・ベイとパリスのどちらにするか迷ったこともあり、一度見ておきたかったらしい。ラスベガスのホテルとしては客室数が3,000室足らずで、そう大きくはないが、ホテル内にはパリの街角を再現したダイニングエリアがあって、人工の青空と石畳の絶妙なコントラストが、ホテルの中にいることを忘れさせてくれるほどの心憎い演出だった。私たちは、まるでパリに旅行した気分で、しばしのコーヒータイムを持った。
 (右の写真、パリの街並みを再現したパリスホテルの内部。右上に青い空が見えるが、実は天井に空の絵が描かれているだけ)




一攫千金の夢破れたカジノ
さて、ラスベガスといえばカジノ。何でも経験志向の私は、とりあえず一度やってみなければわからないと、このパリの街並みの広場にあったカジノで、スロットマシンの前に陣取った。カジノのゲームといっても、ルーレット、レーティング、ブラックジャック、バカラ、ポーカーなど、いろいろな種類があるが、人間同士が対戦したり、テーブルの担当者がついているようなゲームは、英語力のない私にはとても無理というもの。だから、私にお似合いのゲームは、一人ででも出来るスロットマシンしかないのだ。

渡米の前に、自分のBBSやネットフレンドの掲示板で「カジノで大富豪」宣言をしてきた手前、なんとしても勝って帰らねばならない。大富豪でなくても中富豪、中富豪でなくても、せめて小富豪に!そんな願いを込めて、まず10ドルで買ったコインを投入してレバーを引く。マシンが回りはじめ、しばらくすると3列の左側から順番に絵が並んで止まる。どんな絵があったかは、全く記憶にないが、とにかく同じ絵が3個並べばいいだけの単純なゲームだ。10ドルで何回レバーを引いたか分からないが、10ドル分のコインがなくなるのに、5分もかからない。ええ〜い!もう10ドル。それ!もう一回10ドル!とコインを投入したが、不発の連続。ついに残り少なくなったコインを1枚ずつ入れてレバーを引いていたら、突然「ジャラジャラ〜!ジャラジャラ〜!」という音が轟いた。が、「わあ〜、当たりィ〜!」と喜んだのもつかの間、音はすぐにストップ。何がどうなってコインが出てきたのかチンプンカンプン。それでも、たった1枚のコインで、こんなにたくさん出てきたと大喜びしていたら、コインを数えていた夫が、75枚だと教えてくれた。つまり、1セントが75セントになった、ということは、まあ、10円が750円になったに等しいということだ。「な〜んだァ」とがっかりしたところに、「そろそろ出発しないと、ロスに帰るのが遅くなる」と娘に促されて、75枚のコインを皆で分け合って消化し、パリスホテルを後にした。思えば、わずか50ドルぐらいを元手に大富豪になろうなんて、エビで鯛どころか、雑魚でクジラを獲るようなもの。かくて私の一攫千金の夢は、いとも簡単に破れ去ったのだった。


一路ロサンゼルスへ
ロスに向けてラスベガスを出発したのは午後2時前後だったように思う。またまた、荒涼とした広い大地に延びるフリーウエイを、ひたすら走り続けること6時間余。途中、ラスべガス郊外のアウトレットに立ち寄ったが、ロサンゼルスの街並みが見えはじめたのが夜の8時前だというのに、まだ西の空に太陽が輝いていたのには驚いた。そして、コリア街で夕食をとり、娘のコンドミニアム(日本でいうマンション)にたどり着いたのは、翌日に近い時間だったように思う。こうして娘夫婦とのアメリカ国内旅行は幕を閉じた。



ラスベガス郊外のアウトレット