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ロマンティック街道をミュンヘンへ
ローデンブルグを出発し、2日目の宿になるミュンヘンに向かったのは午後4時前だった。それから約3時間、バスはロマンティック街道を走り続けた。

ロマンティック街道は、ドイツ中部のビュルツブルクからドイツ南部、アルプスの麓の街フュッセンまでを大小合わせて26の街をつなぐ約350kmの道のりだ。ローマンティックという言葉の語源どおり、もともとローマ人によって作られ、南のバイエルン地方でとれた岩塩や、泥炭の輸送のために開発されて、やがて中世初期には商業道路として利用された。そして、それは次第に北にのびて、ビュルッツブルグからドナウベルトの間の「皇帝道路」(皇帝の戴冠式のために使われた道路)につながった。また皇帝道路は大都市ウィーンとフランクフルトを結んでいたため、ローテンブルクをはじめ街道沿いの町は大いに栄えたが、近代に入り、あまりにも中世の面影がよく保存されているため、、アウトバーンも迂回することになるほど近代化をためらわせた。そこに目を付けたドイツ観光局が、「ロマンティック街道」という新しい名で売り出したのだという。なお、ドイツにはロマンティック街道の他、エリカ街道、ゲーテ街道、古城街道、ファンタスティック街道、アルペン街道、メルヘン街道などがある。

さて、写真のとおり、道沿いの風景はとても牧歌的。ときどき小さな町や村やトンネルをぬけたりしながら、バスは走り続けた。しかし、どうしてこうも景色が美しいのだろう。畑や家の周りはきれいに整頓されて、ごみらしきもの、不要と思えるような物体は一つも見当たらない。そのわけは後で知った。ドイツでは社会システムそのものが、住民の要求に基づく環境保護を基本にした町づくりがなされているという。そして、ドイツはリサイクルの国と言われ、ゴミひとつ捨てるにしても容易ではないらしい。ゴミを出さないキャンペーンなども行なわれ、住民意識の向上、啓発活動に努め、特に環境教育を重視しているということで、私は納得したのだった。
そうこうするうちに夕暮れが近づき、バスの後部座席から眺めるなだらかな山の向こうに、夕日が沈み始めた。私は金色に輝くその様子を見つめながら、なぜかしばらく感慨にひたっていた。人種も言葉も生活習慣も違う国のどこにいようとも、眺める太陽と宇宙は同じで、誰もが共有できるのだと…。まさにロマンティック街道ならではの感慨か。

やがてバスはミュンヘンに到着。ホテルに入る前にビヤホールで夕食となった。行程表には「有名な大ビヤホール」と記載してあるが、なんというところだったかは、すっかり忘れてしまった。また、席に着いてしばらくすると、ドイツ民謡らしき音楽に合わせてダンスが始まり、そのうち料理が運ばれてきたが、残念ながら何を食べたかについても記憶が定かでない^m^。



Photo〜ロマンティック街道
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